星屑キネマ

日々のお話

そこのけ、その子。

バス停の近くに立つ若い夫婦も、クラスの中心にいる人気者のあの子も、喫茶店で隣に座る賢そうなサラリーマン2人も、みんなみんな。目線は画面に、なのに。



「携帯見てないで、友達作ったら?」なんてよく言われるけど、そもそも友達なんて不安定な存在。友達ってなに?いや困る。困る。「友達なんていらない」とか。そんな可笑しな嘘は、携帯が吸い込んじゃって。目の前にいる人間とSNSで繋がっている画面越しの人間を比べた時に、どちらがより友達という関係に近いのだろう。って、自問自答。



危機的状況の時に人は本性が出るって言うけど、案外そんなこともない。日常でも出てるよ。まあ、比べれば危機的状況の方が上かもしれないけど。上司の前だけ良い人演じる無気力なあの人も。先生の前だけ良い子ちゃんの意地悪なあの子も。みんな、みんな。現実世界で関わった人間が必ず自分に良いものではなくて。助けてくれる訳でもなくて。それは私もだと思うけど。


私にはあなた一人だけれど、あなたにとって私はただの一人に過ぎない。サヨナラの言葉もなく、別れが突然来て。婚姻届みたいに友達届とか親友届が欲しいと思った高校3年生の冬の夜。さよならの時は、ビリビリに破くから。それまでは友達っていう、嘘でも形有る物が欲しかった。



SNSで奇跡のような出会いをした。本名も知らないきみ。住んでるところも知らないきみ。趣味だけで繋がったきみ。だけど、なぜだか現実で直接関わる人より悩みを話せる。趣味を話せる。オープンに話せる。

私は、画面越しのきみを友と呼ぶ。勝手にだけど。

語れるほどの物語なんて

「人生、イージーモードでいきたい」


これは、私のモットーというか、なんというか。いつからか忘れてしまったけど、ずっと思ってること。人生、イージーモード。この言葉には、二つの意味があって。まあ、私の考えなのだけれど、聞いておくれよ。1つは、どんな困難がきても、難無くクリアできるということ。もう1つは、大きな困難を避けて、生きるということ。だと私は思ってる。



私は、後者。避けられる困難は、なるべく避けて生きてきたんだ。生きていきたいんだ。ただでさえ困難が多いこの身体。余計な避けられるものは、避けたい。自ら、問題事や困難に突っ込むなんて、そんなことは絶対にしない。

そうやって、生きてきた。そして、これからもそうやって生きていくつもり。



「面白みのない人生だね」そんなこと言われなくとも、自分がよくわかってるさ。でも、人生はこうあれなんて決まってないのだから。人生は、人それぞれ。自由なんだから。


そういえば。私の好きなアクションゲームでも、EASY以外の難易度を選んだことがないなあ。もちろん、ただ単に私が下手なのもあるんだろうけど。私が、主人公ならば、一番最初のチュートリアルでやられてるんじゃないかなあ、なんて。




私の人生を振り返ってみると、困難を打開した経験が少ないね。まあ、避けてきたから当たり前なんだけれど。そりゃ、自己PRとかにある努力したことが言えないわけだ。頑張ったこと?ありません。これからの目標?ありません。



ああ、まあでも。強いて言うなら、平凡に生きることかな。

殻の中から見る幻想

「高校の3年間はあっという間だよ」

 

そんな言葉を昔、聞いた気がする。誰が言ったかなんて忘れてしまったけど。確かに、その言葉の通り、高校生の時間は短いように感じた。“華のJK”なんて言葉を言っている人達もいたけど、そんな素敵な華のような時間は永遠には続かない。まるで、勢いのある風が肌を掠め通るように、はやかった。

 

「高校生の時の楽しかった思い出は何?」と聞かれれば、なんと答えるだろう。皆で協力した体育祭?みんなが集まる学園祭?それとも、友達と帰る帰り道?たぶん、どれもこれも違うと思う。確かにそんなことはあったけど、ただそれだけ。その時は楽しかったけれど、今となっては、「あ、そんなことあったね」程度の思い出たち。

 

 

小学生の頃、中学とか高校というものに憧れを持っていた。漫画やアニメで見た青春物語や、テレビ番組でやっている青春ドラマ。高校は、こんなのなんだ!と思ったのを今でも覚えている。けれど、実際入ってみて思ったことは、「もし、あのアニメやドラマの物語の中に私がいたら、クラスメートMくらいなんだろうな。いやむしろ、別のクラスの人かな」ということ。人には、その人の物語がある。なんて、そんなこと昔からわかっていたけど。私には、どうやらその登場人物たちは眩しすぎたみたい。友達とバカをする毎日。友達の為を思って泣ける人。友達と言うより、仲間と言った方がしっくりするような繋がり。なんて。

 

 

高校は、スクールカーストとかグループなんてものはなかった(気付いてなかっただけであったかもしれない)けど、クラスの中で派手か地味かを決めると、私は地味寄りだったなあって今更ながら思う。高校生の時の楽しかった思い出は、ゲームだよ。そんな高校生時代。

 

 もっと、積極的に行動していたら、あの憧れにも近付けたかな?ワイワイした毎日になってたかな?今更、あれこれ考えても、もう遅いけど。人生は1度きり。その言葉の意味が、遅いけどわかった気がした。

 

 

憧れは、結局憧れのままだった。